2011/08/05

森の展覧会を終えて/森妙子

 「森の展覧会」が終了した後、小用があったので2日程東京に滞在しました。
高田馬場駅前では大きなスクリーンに若者達が代わる代わる東北で被災した人達にエールを送る映像が映し出されていました。一人ではない,私達と一緒/共に歩んで行こう/日本の明るい未来を信じよう/等々・・・
渋谷の駅前では南相馬から来た中学生位の子供達が10名ほど募金活動をしていました。夏休みにサマーキャンプに参加する資金集めの為です。津波で無惨に消え去った町の写真や,支援の要請文を貼ったパネルの前に足を止める人はほとんどなく、皆無関心で他人事のようにその前を通り過ぎて行きます。
4月10日、反原発を掲げて高円寺の集会に集まったのは、オペレーション・コドモタチを主宰する横川さん云わく、たったの15,000人。これでは日本が変わる訳がないと強く感じたそうです。この数は東京都の人口の0.1%ほどに過ぎません。ドイツでは4都市で25万人規模の集会があり、結果政府は2022年までに国内にある17基の原発をすべて停止する脱原子力政策を始めました。イタリアでは原発再開の是非を問う国民投票が実施され反原発票が9割を超え脱原発政策が決定されました。広島、長崎を経験し,福島第一原発事故の現実に直面している私たちの国日本、こんなにも甚大な放射能災害の直中にいて真摯に受け止めている人はごく小数派ということになるのでしょうか?
横川さんは仲間と共に政府にも,地方自治体にも頼らない行動をオペレーション・コドモタチを立ち上げる事によって起こしました。今私たちにできる事を草の根的に広げて行くこと。一人でも多くの子供達を放射能汚染の地から遠ざけること。(オペレーション・コドモタチの活動はサイトをご参照ください)
今回この企画を立ち上げるのにあたって、学生時代を静岡で過ごし、職を得て上京した奈良君,山本君にこのような厚い大人たちとの出会いが待っていたことは本当に幸いなことでした。何か行動しなければと思っていた矢先GWに静岡に戻って来た奈良君から、オペレーション・コドモタチの話を聞き、感動した私は、2人の若者に今回の展覧会の話を持ちかけ「森の展覧会」の準備が始まりました。

「森の展覧会」に参加してくださった皆様へ

・ 深い悲しみや怒りを心に秘めていらっしゃるでしょうに、むしろ穏やかな優しい眼差しで、美しい自然に囲まれた福島県川俣の牧場で牛を飼い、4人の娘さんの成長を見守って来られた至福の日々を語ってくださった菅野浪男さん。避難勧告が出されるまで1ヶ月もの間高濃度放射能で汚染された地下水を飲み暮らしていたと云います。

・ 沖縄の島風を運んでくださったシーサーズの皆さん。

・ シャイな詩人シンガー山下由さん。海洋学者でもある山下さんに海の汚染の話もっと聞きたかったです。そしてバイオリンを演奏してくださった美尾洋乃さん。沢山の素敵な演奏家をギャラリー容に導いてくださって本当にありがとうございました。

・3.11から30回以上も被災地を慰問して歩いているハンサム判治さん。ウクレレをかき鳴らしながら愛情の詰まった大きな身体で熱唱してくださいました。

SARUさん、甘いセクシーヴォイスに包まれてうっとりと聞き入りました。

Mamaclioの皆さん、遠い異国にあこがれた幼かった頃の郷愁を思い出させて頂きました。バグパイプが東欧の国々でも演奏されていたなんて知りませんでした。福岡から小さなお子さんを3人も連れて来てくださったファンの方に驚かされました。

・ アユちゃん、ベリーダンス、しなやかでセクシーで素敵でした。

紅林大空さん。元気一杯描いてくださった垂れ幕がギャラリーに花を添えてくれました。

・ 井上ゆみこさん。素敵な紙芝居ありがとうございました。

・ 宮澤さん。沢山の美味しい料理を用意してくださってありがとうございました。下北半島出身の方との対話も興味深く聞かせて頂きました。

「森の展覧会」は参加表明をしてくださった多くの方々に支えられて実現しました。1ヶ月半と云う短い準備期間にも係わらず九州、四国、兵庫、静岡、神奈川、東京、千葉と全国各地から80名以上もの方々が作品を寄せてくださいました。作品の売上金、寄付金等合わせて21万円ほどをオペレーション・コドモタチに寄付させて頂きました。本当にありがとうございました。この活動は必要な限り継続して続けて行く予定でいます。そして今回快くギャラリーを提供してくださった渡辺容子さんに感謝します。
3.11からもうすぐ5ヶ月が経とうとしています。まるで何事もなかったかのように国民の関心が薄れて行く中で,様々な最悪の事実が少しずつ明らかにされつつあります。大地や森、水、食品の問題、これから増々汚染の実体が浮き彫りになってくることでしょう。想像力を働かせて今私たちにできることを実行していく他ありません。
7万人にも及ぶ原発の被災難民が何時故郷に戻れるかも分からないまま不安な日々を送っています。様々な理由で汚染地帯から離れられないでいるこどもたちもまだ沢山います。皆がささやかだけれど平安な日々の暮らしに戻れるよう心から祈るばかりです。


2011.8.4 森妙子

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